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石橋克彦教授の国会公述・質疑応答

2011-04-26

石橋克彦教授の国会公述・質疑応答
■□■□■□■□■□■□■

○甘利委員長 これより公述人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。

【中略】

○甘利委員長 次に、佐藤茂樹君。
○佐藤(茂)委員 公明党の佐藤茂樹でございます。
 四人の公述人の皆様方、本日は貴重な意見を陳述していただきまして、あり
がとうございました。
 全員それぞれ著名な方々でございますので、時間があれば御意見を本来なら
お聞きしたいところでございますけれども、私自身に与えられました時間は
往復で十分間、そういう時間でございますので、きょうのところは、石橋
公述人を中心に、最後に時間がありましたら梶原公述人に一問お聞きをさせ
ていただきたいと思います。
 それで、昨年は、台風が十個も上陸しましたし、また新潟県中越地震も
起きまして、もう一度日本の災害対策というものをやはりここに来て抜本的
に見直さなければいけないんじゃないか、そして災害に強い国づくりを、
我々、これは与野党関係なく力を合わせてつくっていかなければいけないで
あろう。そういう観点で、石橋公述人の御意見をお聞きしておりましたら、
非常に警鐘を今の現代文明に対して鳴らしておられる、そういう御意見を
いただいたわけでございます。
 石橋公述人のことをちょっと調べさせていただきますと、地震学者の中
では非常に有名な方で、特に日本の地震対策に対して非常に影響を与えた
方でございまして、一九七六年だったと思うんですけれども、それまでの
学説では非常に説得力に欠けておりました東海地震について、考慮外と
されていた駿河湾こそ将来の主要な震源域である、そういうことを指摘
されて、駿河湾地震説というものを発表されて、東海地震の地震像という
ものを鮮明にされたわけですね。それが非常に、学会だけではなくて、
それを超えて社会や行政、また政治の方まで動かしまして、一九七八年、
これは福田内閣のときだと思うんですけれども、大規模地震対策特別措置
法が成立しまして、国を挙げて東海地震に対する地震対策がとられた。
そういう経緯があるわけでございまして、一つの科学研究が行政や政治
まで変えていった、そういうことをされた方でございますので、我々も
真摯に耳を傾けなければいけないなと思うわけでございます。
 何点かお話をされましたけれども、まず、日本にとって今世紀という
時代の認識ですね。
 岩波新書で名著になりました「大地動乱の時代」の中でも言われている
わけでございますが、要するに、ペリーの黒船がやってきたときの一八五三
年に小田原地震があって、きょう御説明があったように、その後、五四年、
五五年と、安政江戸地震という最悪の直下地震が発生して、そこから活動期
に入って、一九二三年の大正の関東大震災まで活動期であった。そこから、
現在八十数年になりますけれども、静穏期であった。その間に我々は、経済
成長であるとかいろいろな恵まれた環境にたまたまあっただけなんだ、そし
て、いよいよこれから活動期に入るんだ、そういうシナリオを言われたわけ
ですけれども、そう言われる根拠をぜひお話しいただきたい。
 それと、そういう活動期というのが、石橋先生の御本によると、大正の
関東大震災が起きたときのような、巨大地震が起きるときまでがそういう
活動期になるんだ、大体そういうお話をされているんですけれども、それが
二十二世紀までである。そうすると、これから約百年ぐらいは少なくとも
日本の国土自体に地震の活動期というものが続くのではないか、そういう
ようにも読み取れるんですけれども、そのあたりの根拠と、またこれから
の活動期がどれぐらい続くのかということにつきまして、まずお話をいた
だきたいと思います。
○石橋公述人 お答えいたします。
 活動期でありますけれども、日本列島は狭いですけれども、場所によって、
地震の発生のメカニズムといいますか、地震の舞台が少しずつ違っており
まして、私の本まで言及していただいて大変恐縮ですが、次の南関東の巨大
地震まで活動期が続くというのは、一応、首都圏あるいは南関東のことで
あります。
 これは、細かいことはちょっと説明を省略させていただきますけれども、
一八五五年から一九二三年まではちょうど、南関東の巨大地震は大体二、
三百年ごとに繰り返すんですけれども、それを地学的に三分の一ずつに
分けることができまして、あのときは最後の三分の一が活動期でした。
将来はむしろ後の方の三分の二ぐらい活動期として続くのではないかと
思っておりまして、そういう意味では二十二世紀まで続く、そのかわり
活動の密度は低いかもしれません。
 一方、西日本の方に目を向けますと、今世紀半ばに南海、東海南海地震
が起こるのはほぼ確実、これはプレートの運動から考えても確実なんです
が、多くの地震学者がそう思っています。西南日本に関しては、一応それ
が起これば静穏期に入ると思います。
 ということでありまして、日本じゅう、あと百年も大変なことになるか
どうかはわかりません。そうではないと思います。
○佐藤(茂)委員 それで、お話の中にも、最後の方に触れられたんです
けれども、これからの地震活動期を乗り切るための日本の地震対策のあり
方につきまして、どうも、技術革新によって、ある意味で言ったら技術力、
また力ずくで地震に対抗しようというのではなくて、抜本的に国土のあり
よう、社会のありようというものを変えるべきではないのかということを
多分公述人は述べられようとされていたんじゃないのかなと。
 これから、首都圏だけではなくて、日本全国がそういう地震災害に覆わ
れるということになると、例えば首都機能自体もやはりバックアップでき
るような体制、少しやられてもどこかが補完できるような、そういう体制
も国土づくりでしっかりと考えていかなければいけない、そういう分散型
の国土というものもしっかりと考えていかなければいけないんではない
かなというようにお聞きをしていて感じたわけでございます。
 公述人の方で、これからの日本の地震対策のあり方につきまして、再度
になりますけれども、これをやはりこれから国家として力を入れた事業に
していかなければいけない、そういうものがありましたらお述べいただき
たいと思います。
○石橋公述人 お答えいたします。
 まさにおっしゃるとおりのことを私考えておりまして、今は、ある意味
で、都市が大震災を受けて犠牲者が何万人も出るのはもう当然のことと
いうかやむを得ないという前提のもとで、起こったときに、ではハイテク
を駆使して、人工衛星からその被害状況を見るとか、地震計をいっぱい
ばらまいておいて揺れが集中した場所を事前によくわかって、それで
そこへ救援隊を投入するとか、何かそういうスターウオーズみたいな
感じのことでやっていこうとしているわけですけれども、そもそも、
まず犠牲者を出さない、それから家をなるべくつぶれさせない、燃え
させない、そういうことが肝心であることは言うまでもないわけであり
ます。
 そういう意味で、十分御説明申し上げないとちょっと飛躍している
ようにお感じになるかもしれませんけれども、結局、基礎体力をつける
といいますか、大地震に襲われても被害がなるべく少なくなる、それから、
震災に見舞われたときにそれぞれの地域が、同時多発型の場合は特にで
ありますけれども、それぞれの被災地が自己完結型にその後の長い被災
の期間を乗り切れるように、つまり、外から応援してもらわなければやっ
ていけないというのではない状態にしなければいけないということで、
非常に飛躍して申しますれば、地震対策の根本は、ハイテクを駆使した
防災技術にあるのではなくて、地方分権であるとか、私素人であります
けれども、例えば道州制であるとか、至るところにこれだけのそれぞれ
個性のある大地震が起こる国でありますので、幾つかの地方が独立して
やっていけるような仕組みにするということが究極的な地震対策になる
と私は考えております。
○佐藤(茂)委員 済みません、時間が参りました。梶原公述人、また
別の機会に御意見を賜れればと思います。
 ありがとうございました。

【中略】

○甘利委員長 次に、佐々木憲昭君。
○佐々木(憲)委員 日本共産党の佐々木憲昭でございます。

【中略】

○佐々木(憲)委員 石橋公述人にお聞きをいたします。
 日本は大変な震災の可能性がある、大きな地震が起きる可能性があるという
ことでありますが、私は、特に浜岡原発の震災問題というのは非常に気になる
わけでありまして、これは想定震源域の直上、上にあるということですが、
現在稼働中なんですよね。
 地震というものはいつ起こるか、短期的には非常に予想は難しいと思うん
ですけれども、こういう状況の中で、ほかにももちろん原発というものが
稼働しているわけですが、特にこういう地域にある原発は、一度とめて
きちっと点検をする、それで本当に大丈夫なのかということを確認する
作業を急ぐべきだと私は思うんですが、公述人はどのようにお考えでしょ
うか。
○石橋公述人 お答えいたします。
 基本的にはおっしゃるとおりだと思います。それがごく正常な感覚で
あろうと思います。
 ですが、中部電力も一月二十八日の発表で、結局、実質的に、一号機、
二号機、三、四もそうです、五号機もそうですが、耐震補強をする、
そのためにはとりあえず二、三年はとめるということでありますが、
これを、そういう何かとりあえずではなくて、きちんと、今おっしゃっ
たような理由によって、とめて点検する必要があると思います。
 一方で、原子力安全委員会の耐震指針検討分科会というところで日本の
原発の全般的な耐震設計審査指針の見直しを行っておりますので、私も
その委員を務めておりますけれども、そういうところできっちりした結論
を出して、浜岡も含めてバックチェックというものもきちんとすべき
だろうと思っております。

【中略】

 午後一時から公聴会を再開することとし、この際、休憩いたします。
    午前十一時五十二分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時開議
○甘利委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。

【中略】

○甘利委員長 これにて公述人に対する質疑は終了いたしました。
 公述人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、
まことにありがとうございました。委員会を代表し、厚く御礼を申し上げ
ます。
 明二十四日は、午前九時から公聴会を開会し、午後一時から委員会を
開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後三時五十三分散会




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プロフィール

仁科の囁き

Author:仁科の囁き
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1945年7月中国山西省生まれ 翌年6月引揚 郷里岩手県北上市へ のち茨城高萩、東京多摩、宮崎日向、山口岩国を経て 中学高校は広島市 東京での大学生活(専攻独文)を終えてすぐ信州へ 
押田成人神父に師事 大工修業を経て 開発阻止活動に専念 
あづみの道草あかとんぼの会代表 国営アルプスあづみの公園・友の会事務局長 東ティモール支援・信州事務局 原子力行政を問い直す宗教者の会世話人ほか 

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